New 【 長野業盛伝説 ー落合観音堂ー 】をUP(1月20日)

【上州まったり紀行】

群馬県内の神社仏閣、遺跡・史跡・古墳、資料館・博物館・テーマパークなど、自分で行って見てきたところを紹介しているブログ。

名付けて「上州まったり紀行!!」。もともとは「上毛かるた」巡り(上毛かるた紀行)から始まった「紀行もの」。


カテゴリーの基本は群馬の市町村別だけど、テーマ別(有名人のお墓や遺跡・古墳とか)も作ってあるので、
そちらからもどうぞ。

(神社仏閣はいっぱいありすぎて、まとめてないけど)

 

現在、群馬県内の1,700ヶ所の紹介記事をUPしてます。みなさんの近所の何かが載ってるかも?


【最新記事】

「上州まったり紀行」の最新記事(10件)です。概要と記事中の写真を載せています。

長野業盛伝説 ー落合観音堂ー (高崎市保渡田町)

 落合観音堂の創建年は不詳。永禄9年(1566年)の箕輪城落城時、長野業盛は傷馬に鞭を打ち落ち延びてきた。業盛は当地で馬を処分した後、井出

 野にて自刃。その後、落合付近では災いが多発。調べると砂中から馬の亡骸が見つかった。そこで村人はお堂を建立し馬頭観音を祀ったという。

高崎市箕郷町・慈眼山龍昌寺 (高崎市箕郷町)

 龍昌寺は川浦四郎左衛門が川浦家の菩提寺として龍善寺5世・大安堯覚を開山として招き創建。大安堯覚の入寂が万治3年(1660年)なので、創建

 は江戸初期となる。

高崎市箕郷町生原・厳島神社 (高崎市箕郷町)

 生原厳島神社享保年間(1716~36年)の創建。生原の原新田地区は水利の便が悪く、近くにあった唯一の湧水池を貴び、水の神・市杵島姫命を祀

 ったといわれる。

高崎市箕郷町生原・原新田北野神社 (高崎市箕郷町)

 原新田北野神社は生原北野神社より分霊を勧請して創建。伊香保街道の整備で榛名登山客などの往来が増え、街道沿いに休憩所や民家が集まり生原地区

 が次第に東側に発展し、原新田集落が形成された。戸数も増えたので、新たに生原北野神社より分霊を勧請したようだ。

 柏木沢八坂神社の創建年は不詳。永禄9年(1566年)武田信玄の箕輪城攻めの際に焼失。安永4年(1775年)に再建されている。

高崎市箕郷町善地・駒寄神社 (高崎市箕郷町)

 駒寄神社は文久元年(1861年)地元の堀田彦右衛門、剣持与惣次ら7名の世話人が、月波神社の分霊を勧請したもの。以前は分霊月波神社とか別院

 月波神社と呼ばれていた。平成17年(2005年)榛名神社の分霊も迎え駒寄神社となっている。

高崎市箕郷町善地・月波神社 (高崎市箕郷町)

 月波神社は安閑天皇元年(531年)の勧請と伝わる。上野国神名帳記載の「月波明神」に比定される古社である。当社は元は榛名神社の参道で、榛名

 神社の月並(月次の意味)祭り時に遙拝したことから、月並神社の名になったとされる。

高崎市箕郷町下芝・竜宮神社 (高崎市箕郷町)

 竜宮神社は箕郷町上芝字竜の宮の龗(オカミ:雨かんむりの下に口をよこ並びで3つ、その下に龍)神社からの勧請と伝わる。龗は水神・淤加美神(お

 かみのかみ)のこと。

高崎市箕郷町・下芝山万福寺 (高崎市箕郷町)

 万福寺創建は数度の火災により古記録が失われたため不詳だが、開山の英伝法印の入寂が永正2年(1505年)とされるので、それ以前の創建と考え

 られる。墓地に応永28年(1414年)銘の五輪塔があるので、その頃には創建されていたと考えられる。

 明けましておめでとうございます。みなさまにおかれましては、健やかな新年をお迎えのことと、お慶び申し上げます。今年もブログ・HPをよろしく

 お願いいたします。みなさんにとって2020年が良い年であることを祈念いたします。


【ブログカテゴリー紹介】

「上州まったり紀行」のカテゴリー一覧です。各市町村別・テーマ別に分類してあるので、興味のあるものがあればご覧ください。

【カテゴリー一覧】


【注意事項】

本ブログは趣味の範疇でやっているものなので、記事や写真の説明に誤りがある可能性もあります。学術的に裏取りができていない異説・風説・噂話や勝手推論など多数書いてますので、そこはご理解の上、読んください。現地で「えぇ~、違ぁ~う!」と感じられても、ご勘弁を。

 

また「上州まったり紀行」は、基本的にリンクフリーです。記事中の写真も基本的にフリーです。但し、出典として当ブログ名(URL)を明示してくさい。商業利用については、いかなる場合においても「不可」です! (詳細はフッターエリアの「概要」をお読みください)


【お願い】

ブログ更新のモチベーション維持のために、ご協力をお願いします。

(下記バナーをクリックしてください)