New 【 千代田町萱野・白山神社 】をUP(5月28日)

【上州まったり紀行】

群馬県内の神社仏閣、遺跡・史跡・古墳、資料館・博物館・テーマパークなど、自分で行って見てきたところを紹介しているブログ。名付けて「上州まったり紀行!!」。もともとは「上毛かるた」巡り(上毛かるた紀行)から始まった「紀行もの」。


カテゴリーの基本は群馬の市町村別だけど、テーマ別(有名人のお墓や遺跡・古墳とか)も作ってあるので、
そちらからもどうぞ。
(神社仏閣はいっぱいありすぎて、まとめてないけど)

 

現在、群馬県内の1,700ヶ所以上の紹介記事をUPしてます。みなさんの近所の何かが載ってるかも?


【最新記事】

「上州まったり紀行」の最新記事(10件)です。概要と記事中の写真を載せています。

千代田町萱野・白山神社 (千代田町萱野)

萱野白山神社の由緒は不詳。二の鳥居(と言うか2つ目)は雷電社の扁額が掛かっているので、雷電神社が合祀されているようだ。

千代田町萱野・瀧澤山洞源寺 (千代田町萱野)

洞源寺は慶長16年(1611年)茂林寺12世・久山正雄和尚の開創。

千代田町鍋谷・稲荷神社 (千代田町鍋谷)

鍋谷稲荷神社は天保年間(1830~45年)の勧請と伝わる。社殿前の灯籠に天保6年(1835年)の銘があるので、勧請は天保6年なのかもしれない。

千代田町鍋谷・医王山医王寺 (千代田町鍋谷)

鍋谷医王寺は承応2年(1653年)賢海上人の開創。

舞木長良神社は藤原長良の遺徳を追慕し、天慶年間(938~47年)に勧請されたと伝わる。天慶2年(939年)からの平将門の乱に際し、藤原秀郷が当社に戦勝祈願を行い、見事将門を打ち破った。そのお礼として龍神棒石、鹿玉を奉納したとされる。これら霊石と称し、現存しているという。

千代田町舞木・中島将監屋敷跡 (千代田町舞木)

奈良時代に中島三郎家綱(将監)という郷士が住んでいた屋敷跡とされる。それを記した碑が建っている。中島将監は佐貫氏の祖といわれる佐貫太郎資高の祖父。

千代田町舞木・中島神社 (千代田町舞木)

中島神社は元は浅間神社だが由緒は不詳。明治42年(1909年)に近隣の八幡宮を合祀した際に中島神社と改称している。

邑楽町赤堀・観音山明王院 (邑楽町赤堀)

明王院の由緒は不詳。寛文元年(1661年)宥えん(えんは金編に爰)の中興開基。参道脇に新しい記念碑があり、それには現住職も中興とあった。就任は昭和61年(1986年)。

赤堀天満宮の由緒は不明。小さなお社の中に石碑があるだけ。同じお社内にある久五郎神社は館林藩主・松平武寛、斉厚父子の遺徳を偲び、大正14年(1925年)に造立されている。

分福茶釜伝説 ー薬王山高原寺ー (邑楽町狸塚)

高源寺は寛文4年(1664年)茂林寺15世・洞岩正廓和尚の開山。高源寺には「分福茶釜伝説」が伝わっている。和尚に化けた古狸が正体がばれて逃げる際に、寺秘蔵の茶釜を持って逃げたとされる。それが現在茂林寺に伝わる分福茶釜だという。


【ブログカテゴリー紹介】

「上州まったり紀行」のカテゴリー一覧です。各市町村別・テーマ別に分類してあるので、興味のあるものがあればご覧ください。


【注意事項】

本ブログは趣味の範疇でやっているものなので、記事や写真の説明に誤りがある可能性もあります。学術的に裏取りができていない異説・風説・噂話や勝手推論など多数書いてますので、そこはご理解の上、読んください。現地で「えぇ~、違ぁ~う!」と感じられても、ご勘弁を。

 

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