群馬県内の神社仏閣、遺跡・史跡・古墳、資料館・博物館・テーマパークなど、自分で行って見てきたところを紹介しているブログ。名付けて「上州まったり紀行!」。もともとは「上毛かるた」巡り(上毛かるた紀行)から始まった「紀行もの」。
カテゴリーの基本は群馬県の市町村別だけど、テーマ別(有名人のお墓や遺跡・古墳とか)も作ってあるので、そちらからもどうぞ(神社仏閣はいっぱいありすぎて、まとめてない)。
現在、群馬県内の約2,300ヶ所の紹介記事をUPしてます。みなさんのご近所の何かが載っているかも?
「上州まったり紀行」の最新記事(10件)です。概要と記事中の写真を載せています。
石造大日如来坐像は、見た目で総高約90cm・幅約45cm・厚さ約40cmといったところ。材質は牛伏砂岩のようで、かなり風化している。両手とも手首から先が欠損しており、顔容もほぼなくなっている。露座の時代が相当あったと考えられる。現在も地域の方々が12月第1日曜日にお祭りを行っている。もともとは11月28日だったと思われる(28日が大日如来の縁日)。
藤岡市総合学習センターの北側駐車場入口付近に堀越二郎の胸像がある。令和6年(2024年)4月、藤岡ロータリークラブの創立60周年を記念し建像。藤岡市に寄贈されている。堀越は藤岡市の出身で、東京帝大から三菱内燃機製造(現、三菱重工業)に入社。七試艦上戦闘機・九試単座戦闘機(後の九六式艦上戦闘機)、零式艦上戦闘機(ゼロ戦)・雷電・烈風など、後世に語り伝えられる名機の設計を手掛けている。
木曽義仲四天王のひとりである楯六郎親忠の供養塔が渋川市北橘町にある。親忠は寿永3年(1184年)の宇治川の戦(木曽義仲軍と源範頼・義経軍の間で行われた合戦)で、根井行親らとともに宇治を守備していたが討死したとされる。戦後、今井兼平の次男・兼之や根井行親の妻などが、義仲3男・義基を匿い北橘村箱田に落ち延びたとされる。この供養塔は明治33年(1900年)に末裔の方が建立したもの。
冠稲荷神社の2回目。境内社の聖天宮・実咲社・八坂社・諏訪社・厳島社・菅原社・いなり白狐社・猿田毘古社や、縁結びの桜・冠稲荷の木瓜(子授かり・子育て)などを紹介。
冠稲荷神社は天治2年(1125年)源義国の創建と伝わる。源義国は有名な源義家(八幡太郎)の3男で、新田氏の祖・義重の父。承安4年(1174年)には源義経が奥州下向の途中、冠の中に勧請してきた京都伏見大社の分霊を奉斎したという。また、元弘3年(1333年)には新田義貞が鎌倉攻めのおり、兜の中に神霊の来臨を請い戦勝を祈願したという。この故事にちなみ、冠稲荷大明神と呼ばれるようになった。
増殿神社の由緒は不詳。主祭神の大穴牟遅命(大国主命)が殖産・興業、土地開拓の神なので、村南端の水田地帯中央部に祀ったといわれる。増殿神社とはあまり聞かない名称だが、新田荘遺跡に「重殿水源」があることを考えれば農業用水に関係する神社と推定できる。このようなことを考慮すると、当所の水源や用水堀などを「増殿」と呼んでいたのでは?
延命寺は寛政11年(1799年)良祐法師の中興と伝えられる。古記録等無く、それ以前は詳細不明。但し、寛文7年(1667年)に発生した「延命寺風」の逸話から、江戸時代初期には創建されていたと推定される。「延命寺風」は今で言うところの「竜巻」と考えられており、僧侶の葬儀時に棺桶が数km離れている金山まで飛んだといわれる。
栄福寺は慶安3年(1650年)新田一族の西谷重氏が、武州(埼玉)大里郡・能護寺より重栄僧正を招き開山として創建したと伝わる。西谷氏は新田政氏の子・重氏を祖としている。開基と同名だが、年代が違うのでもちろん別人。本堂は西野谷集会所を兼ねており、左側に栄福寺本堂の市口、右側に西野谷集会所の入口がある珍しい構造をしている。内部はどう区分されているのだろうか?
妙高寺は天正18年(1590年)高山因幡守繁泰が日誘上人を開山に招き、館の一角に法華堂を建立したのが始まりとされる。繁泰は由良国繁配下の武士であったが、武門を捨て下田島にて帰農。縁あって日誘上人の法話を聴き、開山に招いたという。妙高寺には300年来伝わる万病に効く「ほうろく灸」というお灸が伝わっている。これは元々は真言密教の修法らしいが、日蓮宗の寺院で今も行っているところが多い。
十二所神社の由緒は不詳だが、別所村内に散在していた12の末寺を本寺円福寺にまとめた際に、各寺の本尊を一ヶ所に合祀して十二所神社として祀ったとの言い伝えがある。本殿には国常立命・大戸辺命・涅土煮命・大日霊命・火々出見命など、16体の神像が安置されている。神像はともに30cmほどの木像で、その内5体には正元元年(1259年)の銘がある。紀年銘のある5体は太田市の重文に指定されている。
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