New 【 前橋市龍蔵寺町・神明宮 】をUP(2月2日)

【上州まったり紀行】

群馬県内の神社仏閣、遺跡・史跡・古墳、資料館・博物館・テーマパークなど、自分で行って見てきたところを紹介しているブログ。名付けて「上州まったり紀行!」。もともとは「上毛かるた」巡り(上毛かるた紀行)から始まった「紀行もの」。


カテゴリーの基本は群馬県の市町村別だけど、テーマ別(有名人のお墓や遺跡・古墳とか)も作ってあるので、
そちらからもどうぞ(神社仏閣はいっぱいありすぎて、まとめてない)。

 

現在、群馬県内の約2,100ヶ所の紹介記事をUPしてます。みなさんのご近所の何かが載ってるかも?


【最新記事】

「上州まったり紀行」の最新記事(10件)です。概要と記事中の写真を載せています。

龍蔵寺神明宮の由緒は不詳。寛文3年(1663年)に再建されたとの記録が残る。社殿の建立年などは分からないが、本殿脇障子の彫刻には「H13.5.9」の文字が見える。平成13年(2001年)5月9日に彩色したということかもしれない。確かに脇障子の枠木や高欄・擬宝珠などが朱色に塗り直された感がある。

下小出赤城神社の由緒は不詳。一の鳥居は平成22年(2010年)の建立。境内の鳥居之記という碑によれば、大正5年(1916年)に大正天皇の即位を記念し鳥居を建立したとあるので、それまでの鳥居のことだろう。二の鳥居は平成27年(2015年)の建立。二の鳥居から社殿までは、まだ新しい狛犬や灯籠が並ぶ。社殿は慶応4年(1868年)の建立。

香集寺はは延元年間(1336~40年)に鎌倉・建長寺の本覚禅師の隠居寺として創建された。天文8年(1539年)に利根川の洪水により寺域が大きな被害を受け、時の住職は水死している。境内に「地獄の責め具」を形どった石造物がある。浄玻璃鏡(じょうはりのかがみ)・人頭杖(じんとうじょう)・業秤ごうのはかり)。閻魔大王が死者の生前の罪を裁くためのものだが、石造物としてあるのは珍しい。

小出神社はもとは赤城神社で、その由緒は不詳。上野国神名帳記載の「従五位上小出明神」とされるが、ご祭神が豊城入彦命であることから赤城神社と呼ばれるようになったと伝えられている。明治40年(1907年)に霜川神社、諏訪神社、菅原神社、八幡社などを合祀し小出神社と改称している。また、昭和56年(1981年)前橋市の区画整理事業に伴い、西方25mほど遷座している。

川端愛宕神社の由緒は不詳だが、明治33年(1900年)に村内の神明宮を合祀している。古利根川により形成された河岸段丘で、「川端」という地名からも窺える。川端愛宕神社はその團空上に鎮座している。

荒牧新田地区のお不動さまは元文元年(1736年)の創建と伝わる。現在の不動堂は昭和62年(1987年)の建立。荒牧新田のお不動さまには次のような逸話が残っている。明治22年(1889年)に発生した火災は新田地区にも燃え広がり大きな被害を出したが、お不動さまに近づいた火は急激に衰え、わら葺き(当時)のお堂と付近の2軒は火災から免れたという。それ以来「火除けのお不動さま」としてより厚い信仰を集めている。

荒牧神社は元は神明宮でその由緒は不詳だが、伊勢氏が勧請したと伝わる。伊勢氏出身の伊勢三郎義盛が源義経に仕えることになったのは、当地(荒牧)であるとの伝承がある。明治40年(1907年)に村内の諏訪神社、八幡宮などを合祀し荒牧神社と改称している。

大興寺は寛文7年(1667年)松平直矩(松平大和守家2代)によって姫路城下に創建。以後、直矩の転封のたびにその領地へと移転している。大興寺が前橋に移ってきたのは慶応3年(1867年)。当初は寿延寺を借寺としていたが、明治5年(1872年)に現在地である川原町の旧薬王寺跡に移っている。本堂は最後の前橋藩主・松平直克の邸宅を明治8年(1875年)に移築したもの。

阿弥陀如来を祀る石宮は、当地の永井家の祖先が一族の繁栄を願って建立したもの。毎年3月15日を例祭とし、一族で参詣するという。石灯籠は向かって右が文政8年(1825年)、左が天保11年(1840年)の造立。石宮は寛永5年(1628年)の建立。

川原市杵島神社は寛永7年(1630年)建立の弁財天が始まりとされる。明治20年(1887年)に菅原神社、明治40年(1907年)に稲荷神社を合祀している。平成16年(2004年)に川原町の土地区画整理事業に伴い、現在地へ遷座している。境内には馬鳴菩薩塔や衣笠大神塔があり、川原町が養蚕が盛んだったことを窺わせる。


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