New 【 新田義重の創建 ー鹿田赤碑神社ー 】をUP(2月26日)

【上州まったり紀行】

群馬県内の神社仏閣、遺跡・史跡・古墳、資料館・博物館・テーマパークなど、自分で行って見てきたところを紹介しているブログ。

名付けて「上州まったり紀行!!」。もともとは「上毛かるた」巡り(上毛かるた紀行)から始まった「紀行もの」。


カテゴリーの基本は群馬の市町村別だけど、テーマ別(有名人のお墓や遺跡・古墳とか)も作ってあるので、
そちらからもどうぞ。

(神社仏閣はいっぱいありすぎて、まとめてないけど)

 

現在、群馬県内の1,700ヶ所の紹介記事をUPしてます。みなさんの近所の何かが載ってるかも?


【最新記事】

「上州まったり紀行」の最新記事(10件)です。概要と記事中の写真を載せています。

新田義重の創建 ー鹿田赤碑神社ー (みどり市笠懸町)

 鹿田赤城神社は新田氏の祖・義重が、三夜沢赤城神社の分霊を勧請したと伝わる。そうすると、平安末から鎌倉初期の創建となる。

みどり市笠懸町・金山神社 (みどり市笠懸町)

 金山神社の創建は不詳。ご祭神(主祭神)は金山毘古命と金山比賣命。両神は鉱山(金属)の神とされるが、この地に鉱山でもあったのかな。他にも子

 孫繁栄や安産のご利益もあるけど。

みどり市笠懸町・久永山長昌寺 (みどり市笠懸町)

 長昌寺は天元元年(978年)慶範和尚の開山と伝わる。その後、寛永2年(1625年)に忠慶和尚の開山、当地領主の旗本・久永源兵衛重勝の開基

 で中興されている。ただ創建から中興までの期間が長く、またその間の資料もなく、創建に関しては不明な点が多い。

みどり市笠懸町・西鹿田穴鹿島遺跡 (みどり市笠懸町)

 西鹿田中島遺跡は縄文時代草創期(約1万3千年前)の集落遺跡。東日本における縄文時代の定住生活や、その具体的な内容を知る上で重要な遺跡とし

 て、平成16年(2004年)に国の史跡に指定されている。

みどり市笠懸町・中島の薬師如来 (みどり市笠懸町)

 中島地区の薬師堂内に2基の薬師如来が祀られている。向かって左の薬師如来像は、安山岩製で像高46cmの半肉彫坐像。光背上部は欠損している。

 右手を上げ掌を外側に向けた施無畏印を結び、左手には薬壺を持っている。戦国時代の造立と考えられ、みどり市指定の重要文化財となっている。

 「上州まったり紀行」が100万PVを超えた。ブログ開設からもうすぐ丸10年。訪問していていただいた方々のおかげです。これからも群馬県各地

 の神社仏閣、古墳・遺跡、史跡などを訪問・紹介していくので、よろしくお願いします。

 長寿院室町時代の創建と伝わる阿弥陀堂を当地に移し、延宝8年(1680年)阿弥陀堂住職・天龍禅師の開山、大和郡山藩主・本多家の開基。

みどり市笠懸町・岩松山地蔵院 (みどり市笠懸町)

 地蔵院は寛文年間(1661~73年)南光寺4世・良栄上人が同寺境内にあった地蔵堂を移して開山。嘉永6年(1853年)に南光寺16世・螢幢

 上人が隠居する際に堂宇を整備している。この頃には地蔵院は南光寺住職の隠居寺となっていたようだ。

みどり市笠懸町・臥龍庵 (みどり市笠懸町)

 臥龍庵は元禄9年(1696年)国瑞寺開山の独湛禅師の創建と伝えられる。ただ、独湛は天和元年(1681年)までには笠懸を離れているので、創

 建は国瑞寺2世・大梁和尚と考えられる。当初は質素な庵室のみだったが、宝暦8年(1758年)名主・高橋十兵衛の所有地に本堂を建立している。

藤岡市鮎川・北野神社 (藤岡市鮎川)

 鮎川北野神社の創建は不詳。鮎川地区には獅子舞が伝承されており、北野神社の例祭時に奉納される。鮎川の獅子舞は天保年間(1831~45年)に

 伊勢から獅子頭などを購入し始まったといわれている。


【ブログカテゴリー紹介】

「上州まったり紀行」のカテゴリー一覧です。各市町村別・テーマ別に分類してあるので、興味のあるものがあればご覧ください。

【カテゴリー一覧】


【注意事項】

本ブログは趣味の範疇でやっているものなので、記事や写真の説明に誤りがある可能性もあります。学術的に裏取りができていない異説・風説・噂話や勝手推論など多数書いてますので、そこはご理解の上、読んください。現地で「えぇ~、違ぁ~う!」と感じられても、ご勘弁を。

 

また「上州まったり紀行」は、基本的にリンクフリーです。記事中の写真も基本的にフリーです。但し、出典として当ブログ名(URL)を明示してくさい。商業利用については、いかなる場合においても「不可」です! (詳細はフッターエリアの「概要」をお読みください)


【お願い】

ブログ更新のモチベーション維持のために、ご協力をお願いします。

(下記バナーをクリックしてください)